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にいちゃんは?
オット母の驚異の回復力についてはこれまでも書いてきましたが、

昨日も驚かされました。

まず、ケガですが。
ケガ

もともとたいしたキズじゃなかったのもあるでしょうけど、

普通にキレイに治ってます。

肌もすべすべでキレイですよね。

私の母なんて(病気のせいですけど)、

60歳なのにもっとガサガサのカサカサで

こんなにキレイな肌色じゃありませんでした。




なんでこんなことを書くかと言うと、

母の主治医の先生は母の肌を見て全身状態を判断してたんです。

だからつい、オット母の肌を見ると

「まだまだキレイだから長生きしそう」って思っちゃう^^;



さらに、オット母。

話をしていても絶好調です。

昨日は最初にあいさつをしたとき

私にたいして少し不機嫌そうな顔をしました。

「まぁ、あんた・・・」と言って

ちょっと文句のようなことを言いました。

そして

「おにいちゃんは?」と聞きました。



・・・・(゚□゚;)!!!


私に向かって何かを問いかけるということ自体、

驚くべき展開なのですよ(`ΦωΦ´;)


私が何かを言って、それに対して何やら答える、という形は

これまでにも少しありましたが、

私に対してオット母が何かを問いかけるなんて、

ビックリ仰天です(@@;


「お兄さん?お兄さんはなぁ〇〇(オット母の生まれ故郷)におるわぁ。

会いに来てもらえるといいなぁ。お兄さんに会いたい?」

「ふん(うなずく)」




にゃ~~~!!(@◇@;

会話が出来たよ!?成り立ちましたよ!?

私、思わずオット母のふるさとに電話をしそうになりました。


その後も、何かと話がかみ合いまして。

とても調子が良くて・・・極めつけは!!


なんと、私に「あんたは誰かなぁ」と聞いたんです。



・・・・(゚□゚;)!!!



もう、絶句でした。

おわかりだと思いますが、

オット母は脳出血で倒れて以来、意識はこの世にはいませんでした。

どこか違う次元(おそらく時代は結婚前、場所は生まれ故郷)に飛んでしまっていて、

目にとまるものもまるで理解をしておらず、

よく聞き取れない独り言をつぶやきながら

まるで宇宙でひとり漂っているような状態でした。


私の声は音として認識されていて、

何か話しかけると「何か音がした」という顔で何となく顔がこちらを向く、

でもこっちは見ていない、そんな感じでした。


少し回復を見せてからも、

私が何か言ったことに対して何かの拍子に「そうかぁ」みたいな感じで返事はしたけど、

それでも会話というよりは「反応」というだけでした。

それなのに。

私に実在のものについて何かを問いかける。

これは初めてのことです。



なんでしょう、オット母。

もしかしてそのうち歩き出すんじゃないでしょうか^^;





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【2012/10/02 10:31】 | オット母 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
震え
昨日の記事ではオット母の様子について

「とても元気だった」と書きましたが、

ひとつだけ驚いたことがあります。

それは「震え」です。


震えといっても病的な原因からくるものではなさそうです。

横になってベッドに身を任せているときは出なくて

少し身体を自分で動かそうとしているときに起きていたので

おそらく筋力の低下からきてるものだと思われるのですが。。。

(私たちでも無理な体勢になったときに身体(筋肉)が

フルフル震えることがありますが、ちょうどあんな感じのように見えました)


ただ、見た目に動かそうとしているのがわかりにくい体勢で

ブルブルブルブル~~~ッ!と震えるので

最初はすっごくビックリしました(--;

小刻みに震えるのではなく、大きく早く「ブンブンブン~」と揺れる感じです^^;



この様子を見て、

「ああ、もうすっかり身体の自由がきかなくなったんだなぁ」と思いましたが、

考えてみればこれって「筋肉の衰え」というよりは

「動こうという意識が強くなった」ことですよね。


昨日も書きましたが、

昨日のオット母はとてもしっかりしていて

うちにいた頃を思い出すようなハッキリした表情をすることが何度もありました。


多分、とても調子が良くて、

何かしよう、と思う気持ちが強くなったんでしょうね。


我が家にいた頃から病院の先生から

「大変丈夫でいらっしゃいます」といわれていたオット母。

脳出血を起こしたとは言え、

意識も、運動能力も、確かに回復しているようです。

麻痺はほとんど残っていないようですからね。

すごい回復力です(`ΦωΦ´;)


認知症という病気を持っていなかったら

もしかしたら今頃は普通に話せるようになって

元気に動けるようになっていたのかもしれません。





いつもいつも書くことですが、

オット母は本当~~~~に長生きしそうです。

認知症と診断されてから6年経ち、

脳出血を起こして一時は意識不明の状態でしたが、

78歳にしてこの回復ぶりです。


多分この先も、細く長く生き続けるのだろう、と思います。

もし自宅で看ていたら、この生命力を疎ましく思ったことでしょう。

今「少しでも長く、笑顔でいてくれたら」と心底思えることにほっとしています。




親を自宅で看ないことについて、

オットも私も「引け目」を感じているのは確かです。




余談ですが、今ここで負い目と書こうとして、

「ん?引け目だっけ??」と思い調べてみました。

負い目は明らかに自分にも否がある時、で

引け目は自分には否がなくとも立場が悪かったり、

自分がかなわないと感じるときなんだそうです。

オットと私が感じているのは「引け目」だと思いたいのですが、

親戚や実家のご近所さんからしてみれば「負い目でしょ」でしょうか^^;





でも、たとえ引け目を感じてしまうとしても、

私はこんな風にオット母の笑顔を見てうれしくなり、

オット母は専門のスタッフに囲まれて穏やかな気持ちを保つことが出来ている、

それならこの状況は「良し」なのではないか、と思うのです。






・・・なんだか小難しいことを書いてしまいましたが^^;

そんなこんなを考えた昨日の面会でした。






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【2012/09/26 09:49】 | オット母 | トラックバック(0) | コメント(16) | page top↑
う~ん
昨日、食事中に箸でケガをしたというオット母。

基本的に、老健からケガや発熱などの報告を受けても

スタッフの方から「来てください」といわれない限りは、

すぐに駆けつけなくてもいいのかな、と思っています。

でも、やはり昨日は、

「無理してでも行った方が良かったのかな?」と思いました。


きっと私の気持ちとしては「オット母が心配」というよりは

「薄情な家族」と思われることが怖いんだと思いますが^^;



というわけで様子見も兼ねて、

今日はいつもより早い時間に面会です。


いつものようにベッドに横になっているオット母は、

顔色も良く表情も豊かでした。

途中であまりにしっかりした表情をするので

我が家にいた頃のオット母が戻ってきたような気がしました。


問題のケガですが、こんな感じでした。
ケガ

確かにたいしたことはなさそうに見えます。

よね・・・??結構なケガの部類に入るでしょうか・・・??

しばらくオット母と話をしているとスタッフさんがやってきました。

で、ケガのことを説明してくれたのですが・・・

これがまた。。。申し訳ないけどまったくもって意味不明でした~(^^;



昨日オットが受けた説明と同じく、

食事中に、

箸を自分で使おうとしたのか・・・

うまくいかなかったのか、

腕を切った


のだそうです。

う~~~~~ん( ̄_ ̄;)どういう感じ??




長い説明を聞いていると、

どうやら状況としては

スタッフさんが箸を手にしてオット母の目の前にいたところ

オット母が箸を自分で取ろうとしたのか手を急に動かして

スタッフさんの持ってる箸が手にささるような形になった


ということのようです。

多分そういうことだったんだと思うのですが、

どうにもこうにも説明が良くわからない^^;



別に骨折や大怪我をしたわけではないし、

私もこの程度のケガのことで「何をしてたんですか!」なんて怒らないし、

逆に「お手間をとらせてしまって~(><)」という気持ちなのに、

あんな風に要領を得ない説明を長々されると

ちょっと頼りなく感じてしまいます。


ああいうときの説明はバシッとする方がお互いのためですね^^;




ちなみにオット母は大変調子が良くて

私とスタッフさんが話してる間も何やら照れくさそうな様子で

なんだかんだ言いながら笑っていました(^^)


とっても驚いたのは

私がいつものように「洗濯をしてくるね~」と言うと

「たのんますー」と言ったことです(*゚▽゚)

「たのんます」って・・・(>3<)=3


そんなわけで、

オット母、かなり回復しております。

元通りのオット母には戻らないにせよ、

そして言葉はずいぶん不明瞭なことも増えましたが、

あれだけ笑顔がたくさん出て、おしゃべりをしてくれたら

気持ちはラクになります。


うちにいたときよりも、ずっとずっと幸せそうです。

それは認知症の進行を意味するのかもしれませんが、

それでも怒ったり悲しんだりしないでいてくれて

本当に助かる(というとヘンな表現かもしれませんが)のでした。。。







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【2012/09/25 17:03】 | オット母 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
単純
オット母のお向かいのベッドの方は、

とても慕われたおばあちゃんのようで

(写真がたくさん飾ってある話は前に書きましたが)

昨日行くと木の丸椅子が3脚も置いてありました^^;

彼女のベッドの周りは完全な彼女の空間になっています。


写真の他にも

敬老の日に孫たちがくれたかわいい字のメッセージ付きお花のアレンジや

面会に来たおともだちがくれたとおぼしきお花がたくさん飾ってあります。


もちろんオット母は車いすを使うので椅子があると介助の邪魔です。

そして「元気の度合い」が違うんだから比較するのもヘンですが、

あそこまでハッキリ「大事にされてるおばあちゃん」感が出ると

たとえわからなくてもオット母が気の毒になってしまいます^^;

オット母がわからないのがせめてもの・・・という気持ちもします^^;


この間、義父がオット母のおともだちおばあちゃんを

大勢(3人ですけど)連れて面会に行ったようですが、

その痕跡は何にもなく。。。

別に花を持って来いと言ってるわけではないのですが、

義父の「どうせわからん」「ほらな、なんもわからんのや」という

声が聞こえてくるような気がして・・・



オット母のお友だちであるおばあちゃんたちは

自由に移動する手段がありませんので、

きっとあれがオット母への元に来る最初で最後の面会客なんだろう、

という気がしてしまうのでした。


誰かが会いに行こうとしても間に入る義父が

「どうせ行ってもわからんから行かんでええ」と断りますからね。。。

親しいおばあちゃんたちでなければ

「夫(義父)があれだけ断るなら行かない方がいいのかも」と

遠慮するでしょう。

義父は、変わり果てた妻を人目にさらしたくないのでしょうか。





娘である義姉も、誘わない限り会いに行かないですし、

オット母には椅子はあまり必要ないようです。

あー、なんだかオット母がどんどん可哀そうになってきました。



ちなみに、椅子の件ですけど

私、これまで入院中の病室の経験しかないので

椅子は必要なら貸してもらえると思っていました。

(言えば貸してもらえるんでしょうけど・・・)




かくいう私も、オット母があんな状況になってからは

長い時間そばにいて何か話をすることはあまりありません。

なので椅子が欲しいと思ったこともありませんでしたが、

「洗濯物を取りに行ったついで」程度にしか話をしないのは

ちょっとさみしい気がしてきました。


もしもあそこにいるのが自分の母だったら、

たとえ何もわからなくなっていても

今の時間よりは長くいるだろうなぁ、なんて思います。

(もちろんその場になってみないとわかりませんが。。。)

いずれにしても折りたたみ椅子は持っていこう。

1脚だけだけで良さそうですけどね^^;







お向かいのおばあちゃんのおかげで、

「オット母を大事にする」ということを考えさせられます。

(お向かいの)おばあちゃんのような形がすべてではないと思いますが、

それでもやっぱり何かが抜けてた気がします。

知らなかったこともありますけどね。

オットと結婚して以来、「淡白な方が人生ラク」だと思うのが

すっかり身についてしまってましたが ← 人のせいにするヤツ(`ΦωΦ´;)

やっぱりもう少し・・・なんと言うか。。。

やさしさが必要ですね( ̄ω ̄;)





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【2012/09/23 07:00】 | オット母 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
認知症のはじまり
オット母のところへ持って行く写真を用意しようと、

たくさんのバックアップ写真を漁っていました。


どんな写真がいいだろうか?

やっぱり、元気な頃のがいいよね?

子どもも一緒がいいよね?

子どもが赤ちゃんでもいい?

いやいやなるべく新しい(最近)のがいいでしょ。

でも赤ちゃんの頃のじゃないと一緒の写真がないもんね( ̄_ ̄;)

などと考えながら、

オット母と子どもたちと一緒に写っている写真、

オット母に見せるのに良さげな子どもたちの写真を探しました。


オット母も義父も、うちの子を抱くことがほとんどありませんでしたので

写真は限られているのですが、

何せ整理されていない「マイピクチャ」です。

テーマは決まっているのに

どの写真を持っていこうか探すだけで一苦労でした^^;


そして見つけた写真。

それを見て、初めて気付いたことがありました。


* * * * *


娘が生まれたのは7年前。

息子が生まれたのは5年前。

オット母が認知症の診断を初めて受けたのは6年前です。


つまり、息子が生まれたときには

オット母はすでに認知症の診断を受けていたことになります。

でも、当時は私たちはそれについてまったく知らされていませんでした。

しばらく後に、

義父から「コイツ(オット母)がボケたことばっかり抜かすから

〇〇先生(かかりつけ医)に調べてもろうたけど異常はないと言われた、

脳に萎縮もなんも見つからんかった」
というのは聞きましたが・・・

よもやその頃すでに「認知症です」といわれていたとは思いも寄りませんでした。



診断のあとも、義父は認知症について

「年齢的なことと気合が足りないせいでちょっとボケが入った」という認識でした。

いつも義父はオット母を「アホがボケてしもうて!」と罵っていました。

オット母が何かとぼけたことを言い、義父がこきおろす。

それは、私たちが結婚する前から、結婚してから、

常に繰り広げられる日常的な光景でした。

確かに、娘が生まれる前後から罵倒の勢いは増していたと思います。

でも、それでもオット母は笑い、オットも知らん振りをし、

私は困った顔をする、そんなことが当たり前になっていました。



残酷なことに、

私たちはオット母の変化をそれほど深刻に捉えておらず、

義父同様、年齢的なこともあり『元来の「天然」に磨きがかかった』程度にしか

受け取っていなかったんです。

誰も、オット母の病気について理解もせず、対策もとらずに過ごしていたわけです。



その後、いよいよおかしいと気付いた矢先に義父が倒れ、

オット母との同居が始まり、今に至るわけですけど・・・

とにかく、

息子が生まれた5年前、私たちはオット母の病気のことを

知らされてもおらず、気付いてもいませんでした。











でも。


今回、オット母のところへ持って行く写真選びをしていたとき、

気付きました。


7年前、生まれたばかりの娘を抱いたオット母。

5年前、生まれたばかりの息子を抱いたオット母。

同じアングルで写真を撮っています。

同じアングルで同じように赤ちゃんを抱いた写真なのに

表情が。。。

全然違いました。



ここで写真を紹介するのは控えますが、

同じオット母なのに・・・

同じように笑っているのに・・・

まるで違う表情です。






当時、私は義父の「女はいらん。男しかいらん」発言で心身ともに参っていました。

息子がおなかにいる頃から娘のことを「いなくてもいい子」と言い、

息子が生まれた直後からは「男子誕生万歳」。

正直オット母に対する信頼も失っていましたので(同じ母親でありながら

なぜ守ってくれないのだろう、と思っていました)、

義父母の顔をまともに見る、ということがありませんでした。

写真ですら、義父母と一緒に写ってる写真は別のフォルダに分けて

普段は目に触れないようにしていたほどです。








そんな中で撮った写真・・・

オット母の目はぶっ飛んでました。

口を開けて笑っていますが、何と言うか・・・不自然な笑み。

言ってみれば、無邪気すぎる、というか・・・

そこに写っているオット母はまるで他人のようでした。




私・・・どうして気付かなかったんだろう。

義父のことも、オット母のことも、この頃は大嫌いだったから

見ようともしてなかった。

私のことも、私の大事な娘のこともボロクソに言う義父と、それを笑って見てる姑。

彼らのことを直視する気もなかったしその気力も奪われていたから

こんな「変化」を見逃していたんだ。

それは今だからわかる「結果論」で済ますには

あまりにハッキリし過ぎる「変化」でした。



6年前、認知症と診断され、

夫である義父にも相手にされず、それまで通り暴言を浴びせられ、

息子であるオットにも娘である義姉にも、

変化を感じ取ってもらうことすら出来なかったオット母。

5年前に私の息子が生まれたとき、

すでにこんな目をしてたんだ・・・




・・・・・衝撃でした。









そして義父。

大部分が自分の責任とは言え、

妻であるオット母が認知症という病魔に侵されていくのを近くで見ていた義父も

かなりしんどい思いをしたでしょう。

自分が肺炎になって倒れるまで、息子夫婦を頼ることも出来なかったのは

「出来る」と思ったからか、

それとも言い出すことが出来なかったのか。

いずれにしても倒れるまでオット母の面倒を看ていたわけです。

罵りながら、こき下ろしながら、

あんなにオット母がボロボロになるまで助けを求めることなく

オット母と2人暮らしていた義父。



それでも「自業自得」という言葉は私の頭に浮かんで消えませんが、

気付かないうちに本当にきつい思いをさせてしまったのだと、

そのオット母の写真を見て思いました。





今日、敬老の日で義父を訪ねました。

この先同じ屋根の下で暮らすことはないオット母と義父。

年をとって、

世の中は「敬老の日」なんて言ってるけど・・・

オット母と義父にとっては、

ただの「生き延びている1日」なんだ、と思いました。






年をとるということがきれいごとではない、と

義父母を見ながらこの1年毎日のように感じてきましたが、

やっぱり同じように感じた「敬老の日」でした。。。












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【2012/09/17 22:48】 | オット母 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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