スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
母の声
私・・・自慢じゃないですけど、自分に自信がありません^^;

写真やビデオに撮影されるのがあまり好きではありません。

なので、子どもを撮影するとき、

あまりそこに自分の姿や声を入れないように気をつけます。

「え~、ヘンなの( ̄△ ̄)」と思われる方も多いでしょうが、

シャイなやつということでカンベンしてください^^;



たとえば、死んだときの遺影用の写真なんて、

多分残された家族は探すの苦労するだろうなぁ~っていつも思います。

そして、私が死んでしまったら「お母さんの声ってどんなだった?」って

子どもたちが思うだろうなぁと思います。


実際、私の母が亡くなったあと、

母の声を聞きたくて仕方ありませんでした。

もちろん、声やしゃべり方はおぼえているのですが、

リアルに思い出そうとすればするほど、遠くにいっちゃうというか・・・

モヤの中に消えていくような感じで思い出せなくなっちゃって、

「声を聞きたい!」と思っちゃうんです。

でも聞けないから、ぼんやりと自分の記憶だけを頼りに

声を「思い出しながら」さみしがったり懐かしがったりするんです。

決してビデオがない時代だったわけでもないのに

どうして撮っておかなかったんだろうなぁって、後悔したものです。




最近では文房具屋さんに行くと、しゃれたステーショナリーと一緒に

「遺言状」キットが売ってあったりします。

そういうのを見るたびに、子どもたちへのビデオメッセージみたいなものを

今のうちに撮っておくのもいいかもしれない、なんて思ったりするんです。

ビデオ嫌いなんですけどね^^;


そうえいば、

遺影用の撮影も、元気なときに済ませる人もいるようですね。

自分が死んだときのことを考えて準備が出来てるっていうのも、

なんだか今ではある種の常識みたいな感じなんでしょうね。






実は、母が亡くなってから私が一生懸命探したものがあります。

それは、学生時代や仕事を始めて一人暮らしをしていた頃に

留守番電話で使っていたマイクロカセットテープです。

マイクロカセットテープなんて、今の若い方はご存知ないかもしれませんね^^;

昔は今のようにデジタル家電の時代じゃなかったので

留守番電話のメッセージは電話本体ではなく

電話に付いている小さなカセットテープに録音されていました。


私、それを全部ではないのですが、いくつかとっておいたんです。

その中に母の声が残ってるんじゃないか、と思って探しました。

が、何本もあったはずのテープは1本しか残っておらず、

残念ながらその中には母の声は残されていませんでした。



母が亡くなってから5年近く経ち、

声を聞きたい、と思う気持ちも思い出とともに心に溶け込んでいましたが。。。

先日、ひょんなことからなくしたと思っていたテープが出てきたんです。




・・・さっそくプレーヤーを出して聞いてみました。


ほとんどは、仕事を始めてからの友人の伝言ばかり。

まだラブラブな頃のオットのメッセージもたくさん入ってて、

ちょっと苦笑いだったり・・・

どれもたいしたメッセージじゃなくて、しかも年代的にも新しいものばかり。


あぁ~、そっかぁ、そういえば私、社会人になってからも親のことが鬱陶しくて

留守電の伝言、かたっぱしから消してたなぁ~なんてことも思い出して

自分の親不孝をまたまた後悔したりして・・・



そんなこんなの気持ちで聞いていたそのとき。




プッチョリーナさん!

お母さん(よ)。

台風ひどかったね、そっちはどうやった?

(いないということは)何もなかったんやろうね(笑)

大丈夫ね^^!

・・・それじゃね!




懐かしい母の声が耳に飛び込んできました。

どんなときも明るくて、優しくて、笑顔だった母の顔と声がそのまま、

手の届くところ・・・まるでそこにいるみたいに聞こえてきました。


その後も、何件か伝言が入っていました。

どれも「母そのもの」の内容ばかりでした。

家にろくに帰らず、電話をもらっても返さず、

親のことを鬱陶しがる子どもっぽい娘を

やさしく包み込むような、、、

そしてとても会いたがってる声でした。


私、どうしてもっとお母さんに会いに帰らなかったんだろう。

会いたがる母を、なぜ鬱陶しいと思ったんだろう。

病気がわかってからだって、もっと会えたはずなのに。。。

そう思うと、胸が苦しくて苦しくて、、、


そして、母がそれでも「会いたい」という言葉を飲み込んでた、

その母の気持ちがすごくすごくリアルに伝わってきました。


「あんたも母親になったらわかるよ^^」

とよく母は言っていました。

でもそれは、若くて幼稚な私を非難するような言い方ではなく

その日を待っているかのような優しい言い方でした。


声を聞いていると、

いろんな思い出が本当にたくさんよみがえってきました。

どれも「ああすればよかった」という後悔の気持ちとつながっていますが、

それでもうれしくて懐かしくて・・・テープの声を何度も聞きました。






今、自分が母親になって、

お母さんみたいな母親には全然なれてない(><)と思います。

でも、子どもが大きくなったとき、

あのときの母のような「お母さん」になれていたらいいなぁ、と思います。




なんとなく、日々の生活に追われていて

先のこともあまり見えず、子どものこともオットのことも、

何もかもがゴチャ混ぜになってしまっていましたが、

母の声を聞いて、なんだか励まされたような気持ちになりました。

そして、もやもやしていた心の中も、

少しだけすっきり整理されたような気がします。

また頑張ろう、そんな気持ちになれました。




そして・・・これからは。。。

ビデオにもちょっと映ってみようかな(`ΦωΦ´;)

と思いました^^








ポチッとしていただけると励みになります!
どうかよろしくお願いしますm(*_ _)m
↓  ↓  ↓
にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
【2012/04/08 07:00】 | つぶやく | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
<<この色は・・・ | ホーム | 年とともに>>
コメント
初めまして。
読み逃げさせていただいてます。

写真、大事ですよね。
去年大事な人が急に亡くなりました。
さっきまでメールをしてたのに急に。
遺影はありますが納得するものではありません。
それまで私は写真が苦手で写ろうとはしませんでしたが、
今はなるべく写真に入るようにしています。
どれか1枚くらいはイイのがあるでしょう、と思いながら。

声も聴きたいですね。
偶然に携帯に録音されていた声が
先日見つかりました。
それも亡くなる間際のものです。
とっても元気なハリのある声でした。

あれからまだ1歩が踏み出せない私です。
けど今回の記事を読ませていただき、
少し踏み出せそうです。

ありがとう
【2012/04/08 18:55】 URL | ゆう #-[ 編集] | page top↑
>ゆうさま

はじめまして。
こちらこそ、ありがとうございます。

大切な方を亡くされて、まだ悲しみの中にいらっしゃるんですね。
おつらいのに気持ちを聞かせてくださってありがとうございました。

先日父と、「母が亡くなったということには慣れた気がするけど、会えないということがまだ理解出来ない」という話をしました。
ありきたりの表現ですが、心に大きな穴が開いた感じが今でもするんです。
多分、その穴は一生ふさがらないままなんだろうなぁと思います。
ふさごうとしなくていい穴なのかもしれませんが、あまりに大きな穴で・・・
大切な人を亡くすということは、本当に大変な出来事です。。。

ゆうさんも、携帯に声が残されていたんですね。
声をきくと、余計につらくなる部分もありますが・・・それでも声を聴けることは私にとってはうれしいことでした。
残された者は思い出すことしか出来ませんが・・・「声」が頼りになってくれると感じています。
【2012/04/09 11:27】 URL | プッチョリーナ #X7ABRAOI[ 編集] | page top↑
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://pekosuketeikoku.blog102.fc2.com/tb.php/266-eb9f55fd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。