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認知症の人の気持ちがわかるとき
おかげさまで熱も平熱、胃腸も復活、元気になりました~^^

昨日の夜はビールはあんまり飲みたくなかったけど

缶チューハイを飲んだりして気分良く眠りました^^

ノドはまだ痛くて、家にいる間も常にマスクを付けて生活してるので

耳のところがちょっと痛い・・・


でもこの4日間ひたすら寝てたので肌がキレイなんですよー(*´Д`)

美肌の秘訣はやっぱり睡眠時間なのね、とヘンなことを実感しましたー。

(あとずっとマスクしてるので口の周りと鼻が潤ってる・・・)






さてさて。調子が悪く寝ている間、考えたことがあります。

それはオット母のことと、「落ち着く場所」のことです。


オット母がいた頃、

いつもオット母が我が家のことを自分の昔の家だと思ってたことを

不思議に思っていました。

なぜ、大分の家ではなく、実家なんだろう。

あれだけ長い間大分で暮らしてきたのに、どうしてその家のことは忘れ去っているんだろう。

義父との間に2人の子どもをもうけ、幸せに暮らしていたであろうあの大分の家のことを

40年も過ごした「自分の家」のことをこれっぽっちも思い出さないのはどうしてだろう。



・・・・。

でも、そういいながらも実は、私も少しわかる気持ちがする部分がありました。

私、ときどき寝ぼけているとふと自分が寝ているのが実家だという錯覚をします。

というのが、今私が住んでいる家は間取りが実家に似ているんです。

部屋を区切る壁や細かい配置はもちろん違いますが、

台所とリビングと和室の位置関係など、おおよその場所が何となく似てるんです。


今回もそうでした。

ひたすら高熱を出して寝ている間、夢うつつなわけですけど、

外の通りを通る車の音やバイクの音なんかが実家にいる頃の風景と重なって、

目を開ける前に「今いるところはどこ?自分の家。部屋はどうなってる?」と

なんとな~く無意識に確認したりして。。。

そういうとき、今いる場所は「実家」の方が安心する気もしてしまう。

ちょっとした混乱状態ですよね。

そして、これが高熱じゃなくてもたまにあったりするんです。


私は自分の中でこの「混乱」について、さっきも書いたように

両方の家の間取りが似ていることが原因だ、と思っています。

でもふと、自分が年をとってもしも何かの病気になったとき・・・

というか認知症になってしまったときに、

ここの家のことよりも自分の実家のことを脳の中で優先してしまったらどうしよう?

と思っちゃうんですよね。

間取りとかそんなことは関係なく、「落ち着ける場所」が実家だと限定してしまう。

それって避けたい!と思うんですよね~~(´Д`)


もちろん、自分の実家が一番なのは仕方がないことだと思ってます。

大人になってからの40年と、子どもの頃の「親の愛を一身に受けた」20年弱。

たとえば私の場合はあの実家の家(建物)に5才になる頃に住み始め、

18歳で家を出るまでのおよそ14年間いました。

親の保護下で何の心配もせずに世の中のことも恐れずに暮らしたあの場所は、

やっぱり無条件に落ち着ける場所なんだと思います。


だけど、大好きなオットと結婚して築いた家庭とその入れ物であるこの家、

大事な宝物の子どもとの思い出すべても、ものすごく大事なもの。

でも・・・認知症になってしまうと消え去ってしまって

やっぱり「実家が一番安心」ってなっちゃったらどうしよう、って。


「混乱してると実家と間違う」、その現象を強く体感してしまうと

認知症のオット母の気持ちが理解出来るとともに、

理解出来るがゆえ恐怖を感じてしまうのです。



ちなみにオットはこの家に来て私のような感覚を持ったことはない!と断言していました。

みなさんはそんなことないですか?



オット母がいた当時、自分の生家と間違えてるのを見ながら

あの家は義父に虐げられた歴史もあるから消えちゃったのかなぁなんて思ってましたけど、

やっぱり「心底落ち着ける場所がどこか」ってことなんでしょうかね~。


若干オットのことを虐げている生活を反省しながら

そんなことを考えた4日間でした。


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【2013/02/20 10:35】 | つぶやく | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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