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尊厳死
本日、無事オット母を老健に送り届けてきました。

大雨の中、大荷物を持っての移動は肩にこたえましたが^^;

オット母の移動に関してはスタッフの方がほとんどしてくださったので

クリアすることが出来ました(*´Д`)


いろいろな書類にサインしたり、

荷物を全部チェックしてもらって枚数を書き込んだり、

何かと手続きがありましたが、

みなさん病院よりも話しやすいスタッフさんばかりで

ひと安心でした。


病院は常に「忙しい、人手が足りない」という感じでした^^;

それに何よりも利用している人は患者であり、皆「治療が進行中」だからでしょう、

とにかく全体にピリピリした雰囲気でした。


その点、老健は医療行為もなくリハビリ目的の施設ということで

ホールも、食堂も、それぞれに落ち着いた穏やかな空気が流れていました。



さて。

たくさん説明を受けた書類の中でひとつだけ、

モヤモヤッとすることがりました。

それは、延命に関する質問。

以前どなたかのブログで拝見したことがありましたが・・・

「救命救急処置へのご家族のご意向」という項目です。

いざとなった場合、

気管内挿管、AED、心マッサージをするかどうか。

それぞれの項目に「する」「しない」を記入しなくてはいけませんでした。


以前一度、他の方のブログで拝見したときに

オットとこのことについて話したことがあります。

オットは

「そりゃするでしょ!」と言っていました。

なので、今日はすべての項目に「する」と書き込んできました。



でも・・・

本当にココだけの話ですが、

私がもしオット母の立場なら、しないで欲しいと思ったんです。

オットにも、いつか自分に何かあった場合の延命措置については

話をしようと思っています。

私が認知症で、もはや自力で食事も排泄も出来ない状態なら・・・

生命にかかわるような症状に突然襲われて、

その状態を脱したとしても元の元気な(というと語弊がありますが)生活が出来ないのなら、

延命処置はしないで欲しい。


人の寿命は誰が決めるんでしょう。

そのときに、何かしら打つ手があれば打つべきなんだろうと思います。

尊厳死、という問題があります。

認知症であろうと、どんな病気であろうと、

人間としての尊厳を保って死に臨むことだといいます。

日本のある哲学者が、尊厳死を望む根底に

「生産性のある人間のみが生きるに値する」という価値観がある、と言ったそうです。


どんな人間でも、生まれた以上は「生」を全うしなくてはいけないのかもしれません。

だけど、もし自分がオット母のようになってしまったとしたら・・・

それでも生き続けたいと思うはずがない、と思ってしまう。

それはひどい考えでしょうか?

間違ってるでしょうか。




もし、この選択がオット母ではなくオットに対するものだったら・・・

私の実父だったら・・・

考えてみましたが・・・もちろんその場にならないとわからないと思うけど。。。

私なら、選択を迫られている患者が私なら、

私は望まない、と思ってしまいました。



本当に難しい問題だし、

そうは言ってもやっぱり今の私にとっては「他人事」なんだと思います。

だから、今私がここで書いてることは、

今私が感じていることでしかないのですが。。。。


そんな風に思いながら、、、帰ってきました。











さて話は変わって・・・

オット母のコーディネートですが、

荷物に詰める前にちょっぴり(?)写真に撮ってみました^^

明日はその写真を載せてみようと思います。

本当はオット母が着てるところを撮りたかったですけどね^^






ではみなさん、

良い週末になりますように。。。





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【2012/06/15 19:09】 | オット母 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
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