スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
死んだらいいのに
認知症の患者さんの中で「死にたい」という言葉を口にする人は

多いと聞いたことがあります。


確かに、認知症は残酷な病気だと思います。

大事な記憶も、人としての尊厳も、

日に日に失われていくのです。

一番大切な人との関係も壊れてしまう恐怖や絶望で

死を選びたいと思う気持ちも想像は出来ます・・・


オット母は、ときどきこの言葉を口にします。

昨日、久しぶりに

「いっそ死んだらええのになぁ、

死んでしもうたらラクやと思うんやけど」

と言いました。

「そんなこと言わないでください」と

なるべく穏やかに言いました。

そんな悲しいこと言わないで、と本気で思いましたから・・・


でも、後でとても嫌な気持ちになって・・・

今もその気持ちは収まりません。

死んでしまいたい、という言葉は、

言われた方の気持ちなんてカケラも考えてない言葉だと思います。


もちろん、本当に絶望し、死にたい、と心から思い、

それでも「生きたい」という人の助けを求める最後の言葉かもしれません。

本当に切羽詰ったSOSなら・・・仕方ないのかもしれませんが・・・

オット母の「死にたい」はため息のような「死にたい」なんです。

深いかなしみがあることはわかるつもり、わかりたいと思ってますが、

でも「死んだらええのになぁ」と言われても。

「そんなこと言わないでください」しか返す言葉はありません。。。


オット母はその後も続けます。

「あんたらに迷惑かけて」

「いっそ死んでしまえたら、と思う」と。

不自由は強いられていても迷惑なんてこと思ったことはないのに。

「あー、ばーちゃんいなかったらなぁ」と思うことはあります。

でも、それでも「迷惑」っていうのとは違う。

うまく言えないけど、

それでもいろいろな折り合いをつけて

生活の中にオット母を迎え入れてるのに、

「死んでしまいたい」はないでしょう?って思っちゃう。



ときどき、

「死んだらええのになぁ」と言われるとき、

「ほんまやねぇ」と言ってみようか、と思ってしまいます。

そしたらどうするの?って。



オットも私も、そんな言葉を言われてまず思うことは、

「自分の努力や思いやりが足りないせいで

ばあちゃんにそんな言葉を言わせてしまっている」ということ。

ふたりとも同じように感じて同じように落ち込みます。



私の母は、肝硬変になって約10年病気と闘いましたが、

その間死にたいなんて言った事はありませんでした。

もちろん、父と二人の時には口にしたのかもしれませんが。

それに、病気の種類も違うし、母と義母では年齢も違いますから

感じることも違うのかもしれない。。。

それはわかりませんが。。。



苦しみや痛みを表す形は人それぞれ違うでしょう。

弱音を吐かずに、吐かないことで闘う人もいれば、

弱音を吐き続けることで自分の中で苦しみを昇華させる人もいるかもしれない。




オット母の立場になってみないと、

本当の気持ちも、その弱音の裏側にある本当の苦しみも

わからないとは思います。

その苦しみや痛みを自分のことのように想像して

「寄り添い受け入れる」のが認知症患者と暮らす家族の役目なんでしょう。



まだまだ・・・

まだまだ私には難しいことですね・・・(-_-)















クリックしていただけると励みになります!
にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村

スポンサーサイト
【2011/11/19 11:18】 | オット母 | トラックバック(0) | コメント(16) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。